2009年01月07日

愛媛県指定の重要文化財「湯釜」・愛媛県松山市

◆この湯釜は全国で最古のもので、愛媛県指定の重要文化財となっている。

◆道後公園の北に祀られている湯釜。この湯釜は、明治27年(1894)、道後温泉本館が出来るまで湯が上の丸いところから噴出していて、使用されていた。これは当時、湯が自然に吹き出ていたためである。道後温泉本館の改築に伴い、温泉を見下ろす丘に奉納された。直径は166.7cm、高さが157.6cmの円筒形、花崗岩製の湯口である。天平勝宝年間(749~757)に作られたと伝えられ、正応元(1288)年河野通有の依頼により一遍上人が湯釜の宝珠に「南無阿弥陀佛」の6字の名号を彫ったという。享禄4(1531)年には河野通直が尾道の石工に命じ、胴まわり部に天徳寺の徳応禅師撰文の温泉記を彫らせた。この湯口は、現在の道後温泉本館ができる明治27(1894)年まで使われたもので、温泉史上貴重なものである。宝珠には一遍上人自刻の「南無阿弥陀仏」の文字がある。

◆この湯釜に残る伝説がある。時は戦国時代、伊予の国も豪族どうしの戦乱に明け暮れていた。ある時、河野氏に逆らう豪族が湯築城付近で合戦をし、武士たちが湧き出る湯で血のついた刀を洗った。と、湧き出していた温泉が止まったが、湯神社で祈願してもらうと、元のように噴き出した。河野通直が感謝の気持ちで新たな湯釜を作ったのが亨禄4年だという。

◆湯釜薬師は明治27年に伊佐庭如矢と坂本又八郎が本館を作るまで、養生湯で使われていたが、新築なったのを期に引退。昭和25年に今の場所に移り、屋根をつけ、湯釜薬師として祀った。

愛媛県指定の重要文化財「湯釜」・愛媛県松山市

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